2007年01月05日

夢の功罪

渋谷で兄が妹を殺害した、らしい。
正月早々、いやなニュースだ。
幼児虐待事件のニュースもまた最近多い。
家族をめぐるバッドニュースは今年も多いのだろうか。

渋谷の事件については、私大歯学部入学を目指して苦悩する兄が、舞台女優としても活躍する妹に、「『夢がない』となじられた」ことが殺害の動機(トリガー)になったらしい。

これを聴いて思ったのは「夢の功罪」についてだ。

いじめ報道のときにも感じたが、有識者たちが自殺する子ども達に届けるコメントとして、「夢を持とう」「夢があれば頑張れる」「夢こそ大切」…等々がよく聴かれる言葉だが、あまり「夢・夢」言い過ぎるのもどうか、ということだ。

「夢を持つこと=良いこと」がアタリマエ化すると、「共調圧力」に弱い日本の子どもは、「そうか、夢を持ってない奴はダメなんだ」と考えてしまう傾向にある。

夢を持たないことは恥ずかしい&カッコ悪いんだ、と単純に捉えて、夢を持つ者が、夢を持たない者を非難し精神的に追い込んだりしてしまうのではないだろうか。

人気のタレントやスポーツ選手も時折、
「子ども達にはぜひ大きな夢を持ってほしい!」とコメントするが、誰しもが大リーガーやオリンピック選手に成れるわけではないのだから、「目の前のことをしっかりやろう」くらいに留めておけばいいのにと思う。

夢が一個くらい叶わなくても大丈夫。
「挫折」「失敗」から学ぶことだってたくさんあるんだから。
「夢を持とう」なんていう誰でも言える風な「耳障りのいい言葉」に振り回されないことが肝要だ。

戻って、渋谷の「兄」について。

詳しくは知らないが、思うに彼にとって歯学部入学はそれほどの「夢」ではなかったのではないか?
それは父親の跡目を継ぐという、予め決められたことをなぞっているだけの退屈な行為に過ぎなかったのではないだろうか。

その父親だ。
あまり報道されてないので分からないが、この父親はそうした息子の心象風景をどう見ていたのだろうか?
仮に息子が「自分探し」に苦しんでいたのだとしたら、「ほかの道を選んでもいいんだよ」と選択肢を拡げるための助言をしていたのだろうか?

また、兄の生き方を「イケてない」と感じていた娘に対しても、「夢は他人と較べるものじゃない。どの道に進むかではなく、自分の選んだ道をどう生きるかが大事なんだ」と、言えたのだろうか?

そして最も気になるのは、父親自身が「子どもが自分の後を継ぐことへの期待」以外に、何か個人的な「夢」があったのだろうかということだ。

今回ボクが強く思ったのは二つ。
@父親は徒に子どもに「夢を持て」と強要しプレッシャーをかけてはいけない。
A父親自身は「子どもへの期待」以外に、何でもいいんだけど夢や楽しい企みを持つ方がいい。

仕事で日々くたびれ、夢のない人生を送る父親の姿を、ずっと見続けねばならない子どもって、かなりシンドイと思う。

渋谷の「兄」は、父親の姿に「大人になることの夢」を見ていたのだろうか?
posted by 安藤パパ at 18:26| 東京 ????| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする