子どもはまだ4年生と1年生だけど、PTA会長なので「来賓」として出席。しかも「祝辞」を述べなければならないというので、2週間前から「贈る言葉は何にしようかな〜」と考えていた。
でもまあ、卒業式で聴かされる大人の話なんて、校長先生はまだしも来賓の行政の偉いさんや、ましてPTA会長の祝辞なんて、普通子どもたちは覚えてないよなぁ。きっとボクの話だって…。
そう思ったボクは、またロック魂に火がついてしまった
「よし、歌を贈ろう!」
そして当日。卒業証書の授与も終わり、いよいよ3人目の来賓挨拶、ボクの番だ。
「続いて本年度PTA会長、安藤哲也様から祝辞をいただきます。卒業生起立!」
司会の副校長先生からコールされる。
ギターを担いで、壇上へ。
「卒業生の皆さん、卒業おめでとう!きみたちとはあまり交流がなかったけど、鼓笛隊(6年+5年がメンバー)には感動してました。だから僕からも音楽でお祝いしたいと思います」
「ザワザワ」(←サプライズだったので会場が少しざわつく)
「中学に行ったらいろいろあると思うけど、そんなときはこの唄を聴いて母校であるこの小学校での楽しい思い出や、友だちの笑顔を想い出してがんばってください。そして、髪の長いヘンなPTA会長がいたことも想い出してね」
「クスクス」(←6年生の女の子が笑ってくれた^^)
「では、聴いてください。『さくら』です」
(さあ、アンプラグド・ライブで行くぜー
♪僕らは きっと待ってる 君とまた会える日々を
さくら並木の道の上で 手を振り 叫ぶよ
どんなに苦しいときも 君は笑っているから
挫けそうになりかけても 頑張れる気がしたよ
霞みゆく景色の中に あの日の歌が聴こえる
さくら さくら 今、咲き誇る
刹那に散りゆく運命と知って
さらば友よ 旅立ちの刻
変わらない その想いを今
♪今なら言えるだろうか 偽りのない言葉
輝ける君の未来を願う 本当の言葉
移りゆく街はまるで 僕らを急かすように
さくら さくら ただ舞い落ちる
いつか生まれ変わる瞬間を信じ
泣くな友よ 今惜別のとき
飾らないあの笑顔で さあ
さくら さくら いざ舞い上がれ
永遠にさんざめく 光を浴びて
さらば友よ またこの場所で会おう
さくら舞い散る道の
さくら舞い散る道の上で
(作詞 森山 直太朗、御徒町 凧)
唄、終了〜
「卒業おめでとう!また遊びに来いよ」と最後に言った。
会場から拍手。校長先生も町会長も保護者も、そして卒業生もみんな喜んでくれたみたいだ^^
あー、気持ちよかった
普通、PTA会長という役職の人は唄なんか歌わないにかもしれないけど、予定調和的なセレモニーが嫌いなボクはまたやってしまいました〜^^;
その後、「♪仰げば尊し」などを経て、式も終了。
来賓退場のとき、在校生として出席していた娘と、友だち(女子)からピース
「さて来年は何、歌おうかな?
【My Fatheringの最新記事】


そういう祝辞があったかぁ!
僕も卒園式の祝辞に「一発ギャグ」しましたが、
歌ってもよかったなぁ〜。シモタ…。
ん!まてよ。
そういや、4月に来年度入園式に
保護者会代表の祝辞があります。
ウシシ。
うちのお姉ちゃんが生まれたその年の春に
いつも流れてたうた。娘の名を呼んでもらってるみたいでうれしかったうた。
桜香の卒業式でもし歌われたら、泣く!
しかも、アンプラグド・・・・、泣く!
うちの長男の中学校の2年ほど前の卒業式でも
3年保護者代表が謝辞で「なごり雪」熱唱したそうです。
ちなみに小学校ではPTA会長を2年歴任、
大改革を実施なさった、地元のお寺の住職さんです。
ということで、式でも袈裟姿が多いです。
小学校横の里山で「舎羅山冒険クワガタランド」という
親子農業体験プログラムを実施されています。
畑仕事や秘密基地作り、アウトドアクッキング、
ニワトリを絞めて調理、なんかもされています。
ボクは先月の1ヶ月間育児休暇をとっていたんですが、育児休暇中にこのブログに出会っていればもっといい育児できていたような気がします。
それにしても、卒業式に歌とは。
いやぁー、いい!すごくいい!!
そうきたかぁって感じの新鮮&情熱の安藤さんの行動に少しでも追いつくようにがんばらなくっちゃ。
これからも参考にさせていただきます。
学校のセレモニー的行事の来賓の祝辞って いつも固いし…社交辞令っぽい感がして苦手です。
前例は無くても 信じた道を進む…かっこいいなぁ…!と思いました。
「さくら」卒業生の胸に染み入ったこと間違いなしだと思います。
卒業式で歌った理由は、僕が単に「歌いたかった」というのもありますが、子どもたちに、「地域にはいろんな大人がいるんだよ」ということを伝えたかったのです。
昔、僕が幼少の頃、地域には「へんなおじさん」(←個性的な人という意味)がたくさんいました。
それは自分の父親とはまったく違うライフスタイルや価値観を持った男の人で、その人と一緒にいると「なんか大人って、かっこいいなー」と思えたものです。
翻って現代は、大人も子どもも「均一化」してしまって、地域にそういう面白い不良のオッサンやオバサンがいなくなってしまったような気がして仕方ありません。
そういう親以外のおもろい大人に子どもたちが出会えてないから、「大人への憧憬」が希薄になり、モラトリアムから脱却できない、大人になりたくない子どもが増えているのではないかと、僕は思っているのです。
だから父親たちよ!
いい人ぶるのはもう止めて、「へんな大人」を目指そう!
そしてもっと地域で遊んで、存在感を示していこうよ!!