2011年04月19日

被災地レポートC鎮魂と祈りの花見会

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4/16-18も被災地へ往ってきました(2度目です)。

今回は4/17に被災地対策本部と地元NPO岩手ゆいっこが大槌町の安渡小学校で共催する「花見会」に合流し、ボランティアをすることがメインの目的でした。

この花見会については賛否両論あったようですが、結果的に被災住民の多くの皆さんは喜んでくれた様子。最初は硬かった表情が徐々にサクラが綻ぶように笑顔になるのを見て、地元の大学生など参加した多数のボランティアも安心感を持てたのではないでしょうか。

無論まだ行方不明者は1000名以上。ガレキ撤去も捗らない状況。被災住民の今後の生活安定もままならない中ではありましたので、冒頭犠牲者への黙祷をし、主催者が開催趣旨をきちんと説明したうえで花見は始りました。

その後、ボランティアでバーベキューや焼き魚、ふるまい酒を被災家族に提供し、ゆったりと飲食を楽しむなかで地元の伝統芸能が披露されましたが、それは犠牲者への鎮魂の舞でした。加えて此の地の再起復興への強い祈りが表わされていると、観ていて感じました。

この花見会が決して浮ついた気持ちで計画されたものではなく、犠牲者へのレクイエムと生き残った者への癒し、そして未来への希望を参加者すべてに想起させる有意義なものだったと思います。この催しで得た元気を少しでも復興への前進力としていただけたらと思います。

イベントの詳細および「共同宣言」については、ゆいっこのブログ等に詳しいので省きますが、今回FJに同行して花見や僕らの活動を取材してくれたレポートがTokyo MXニュースで放送されています。

以下はダイジェストレポートです。

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4/16。この日は午前中、東京・江戸川区の図書館でパパ's絵本プロジェクトの絵本ライブ(途中で強い余震があせあせ(飛び散る汗)。これを終えて羽田に直行。いわて花巻空港へ飛びました飛行機

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花巻到着後すぐに救援物資倉庫へ。新たに運ばれてきてた10箱を開け、絵本などをカテゴリー、対象年齢別の仕分けした。

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17日。5時起きで大槌町へ。安渡小の図書室にも新たな本が来ていたので、また皆で整理。前回の作業で見やすくなったせいか読んでくれてる跡が棚に見られる。

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校庭には調理台がセット。11時からの花見開始に備え仕込み。皆で手分けして野菜を切る。

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500人分のBBQを作るのだ。ボクも焼きそばを焼き続け、炭火で燻された。(結局、酒は1滴も飲まず)

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こちらは魚コーナー。焼き立てのイワシが美味しそう。

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「これはノルウェー産じゃなくて、青森産だな!」
新鮮なサバを見て漁師のお父さんが言う。サスガだ。

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ステージでは、春日流鹿(しし)踊りが披露される。

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FJパパエイド募金から、今回は体温計を50個購入して持参。さっそく会場にいた乳幼児のいるママに贈ったら、とても喜んでくれました!

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飲食コーナーでは、綿あめ機に子どもたちが長蛇の列「綿あめ、やらせて〜」

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綿あめコーナーのすぐ脇でブルーシートを敷いて、ボクらも絵本ライブをスタート。「何やるのさ?おじさん」

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まずは田中パパがクイズ系絵本でキッズたちを釘付けに。

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久留島パパも名作『うんこ!』で笑いのルツボに。

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ボクは3年生の女の子と『きんぎょがにげた』を楽しむ。

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会場に突然、GLAYのヴォーカルTERU現る!激励の挨拶後リクエストに応えて「However」をギター1本で熱唱。会場のお母さんや女子高生は興奮気味^^; やるじゃん、GLAY。K1の選手も同行してました。

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花見は共同宣言で終了しましたが、その後も絵本ライブは続く。久しぶりの屋外でボクらも解放感で気持ちが乗ってた。

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「今度はわたしが読むわ。聞いてるのよ、みんな」。そう言って、3年生の女の子が絵本を読みだしたわーい(嬉しい顔)

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すっかり片づいた校庭で、被災住民の中学生とドッジビーに興じる久留島パパ。

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18日。花巻空港から帰京。空港にもメッセージがたくさんあった。




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2011年04月14日

活きた義援金の使い道B今度は体温計を被災地に

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先週、パパ3人組と一緒に被災地(大槌町)入りしたFJの棒田ママ@ユウchan

彼女はボクらが帰京した後も現地に残り、2カ所の避難所、避難所外で避難生活を送っている妊婦さん、乳幼児を抱えるママ宅を訪ねて来られ、レポートを昨夜送ってくれました。

その中で…

体温計が欲しい!

という乳幼児のママの声が多かったそうです。

「子どもがだるそうでも、体温計がないので測ることができない」

「巡回診療で使っている場所は、医師や看護師がいないと、入ることはできないので、体温計を使うことができない」

「できれば、体温計を個人支給して欲しい。それが、無理ならば、いつでも使えるようにして欲しい。。」

・・・・・・

子どものそばにいる母親たちの悲痛な叫び、切実なニーズです。

この避難所には医師が常駐していないそうなので、このままだと夜中に子どもが体調を壊しても熱が計れず、また医師もいない中で病状が悪化する子どもを抱えて母親が悶々と過ごさなければならない。

これは何とかしなければexclamation×2

レポートを読んで思い立ち、また前回の「肉」や「洗濯機」のようにパパエイド募金の中から、今度は「体温計」を買って現地に届けることにしました。

今回も募金からの資金利用については、FJの理事間メールで稟議決済し(所要時間13分!)、早速さきほどチャリで池袋の電機量販店を2軒まわって電子体温計を50本ゲット。16日からの岩手再遠征に持参しますダッシュ(走り出すさま)

ゆいっこ花巻の担当者にも電話で報告したら喜んでました。

でもこうして居る間にも、避難所では体調を崩して寝込んでいる子どもや大人がたくさんいるはずです。

食糧、生活用品、医療用品…どんなものがいま本当に必要なのか?

また物だけでなく、精神的なケアとして何が必要なのか?

それら現場のニーズを、顔が繋がっているゆいっこと連携しながら、また今回の棒田ママのように自分の目と耳で確かめ、子どもを育てた親としての経験や勘でとらえて、今後も実効的な支援、活きた義援金の使い道を続けたいと思います!!

引き続き、パパエイド募金へのご支援よろしくお願いいたします手(グー)


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2011年04月11日

被災地レポートB岩手のサクラはまだ一部咲き

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広島でのFJCキックオフイベントを終え、今朝、伊丹→花巻飛行機で戻ってきました。

今日は支援活動の最終日。ゆいっこ花巻が、大槌町で実施する「炊き出しプロジェクト」にFJも合流するのだ。

空港でレンタカーをpick upし、急ぎ現地に向かう車(セダン)ダッシュ(走り出すさま)

道路に自衛隊や警察車両、空に軍事ヘリが飛ぶのを見て、「関西はこうじゃなかった。被災地に戻ってきたんだな」と感じた。

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内陸から沿岸部に出るには山越えが必要。山頂付近はまだ残雪が。

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山を下って行くと、大槌町に出る。沿岸までかなり離れた川沿いの道沿いが既にこの状態。こんなところまで津波が来たんだ。

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避難所の小学校に行くには市街地を通らなければならない。建物は高いビルがぽつぽつ残ってるだけだ。

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ガソリンスタンドも無残な姿に。

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ガレキの向こうに海が見える。あちこちでまだ自衛隊による遺体の捜索が続いているのだ。合掌。

町のストリートを行くと、今日は日曜日で好天のためか、親戚と思われる人たちが多く来ていた。親族の安否確認や自分が生まれ育った町の変わり果てた姿に、息を飲むような表情をいくつも見た。

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このビルは町立の図書館。元書店員として胸が痛む。

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道路が損壊しているのでカーナビが効かなかったが、何とか避難所の町立安渡小学校に着いた。

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全景。小さな小学校だ。昨年度の新入生は9人だったそう。今年は?。。。

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校庭には薪にするのだろうか、木材が積まれていてそこに男性が集まって火を囲んでいた。父親たちだろうか?話しかけようと思ったがちょっと気が引けた。

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校庭のテントは、支援物資置き場に。

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特設公衆電話のための通信アンテナもあった。

そこで、ゆいっこ高橋さんと再会。

「戻ってきました。昼食始ったばかりですか?」

「ご苦労さまです!ええ、いま食べ始めたところです。他の避難所からも来てますよ」

ここには273名(うち子どもは80名)だが、ゆいっこは1000人分の食事を用意。災害以来1カ月になろうとしているのに被災地では避難所によって満足な食事提供ができていないという格差があるとのことです。

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朝6時に花巻を出たゆいっこメンバーたち(ほとんどが20代の若者)。炊き出し前に円陣を組む。ボクは間に合わなかったが、FJの田中パパ、横井パパ、棒田ママが輪に加わった(photo提供:ゆいっこ)

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出来上がった牛丼を配膳するゆいっこメンバー。彼らは将来の岩手を背負っていく世代。今回の支援活動はいい体験になるだろう。みんないい表情してました。

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おいしい匂いに誘われて、すぐ家族連れがやってきた!

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「大盛りでお願いします!」と小学校高学年男子たち。

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牛丼の肉の購入費は、FJのパパエイド基金から寄付しました(募金いただいた皆さんに感謝!)。
子どもたち含めみんなが「美味しい!」と言ってくれてるのを見て、「よかった」と思ったわーい(嬉しい顔)。夕食は、トン汁1000人分だそうです。

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「田中さんたちなら、このテントにいますよ」by 高橋さん

「やあ、帰ったよ」
「お帰り、安藤さん。ここ、キッズルームだけど片づけて、ここでさっき絵本読んだよ」by田中パパ
「ボクもあとで読みたいなあ」
「オッケー。みんなで食事後にまたやろう」

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棚をダンボールで作り、絵本を整理した。POPを書く横井パパ。

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完成だ!これで絵本ライブの会場らしくなったな。

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さっそく、呼び込みをして絵本ライブスタート!本
まずは『たまごさんがね』。お客は2歳児の男の子一人。面影が息子のサトシに似てるなぁ。

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2冊目は『きんぎょがにげた』。「どこだ?」「ココ!」「キンギョ!」と2人で盛り上がる。

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「もっと!」と言うので横井パパにタッチ交代。

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女の子も2人来てくれたので、次は『へんしーん』を読む。子どもたちの硬かった表情が緩んで行くのをみて、ボクもうれしくなってきた!

今日は時間切れで絵本はこれで終了。次回はギターも入れてもっと楽しくやれたらと思いまするんるん

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テントの中で棚からいろいろな本を取り出して本をひとり読む女の子。そう、こういう静かな居場所が必要なんだよね、きっと。

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男の子たちはずーっと、ボードゲームに興じてた^^;

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避難所の中を見せてもらことに。これは校舎入り口にある避難者数や連絡事項などの情報が書いてある黒板。

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玄関を入ると下駄箱。いつもは子ども達だけの靴が並ぶが、今は中で暮らす大人たちの靴もたくさんある。

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正面のボードには、行方不明者の情報が書かれた張り紙が並ぶ。思わず読んでしまい…涙たらーっ(汗)

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足湯サービスのボランティアですいい気分(温泉)これは温まるね。

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インターネット無料コーナーでは、しきりに何か検索している人も。

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2階に上がると図書室があった。廊下に支援品で送られてきた書籍類が山積みになってたので、またみんなで手分けして棚を作って整理した。

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送られてきた本はどこの避難所でも同じことになってると思うので、「書棚整理ボランティア」って成立するんじゃないかな?本が分かってる書店員や図書館員が来てやればいいのに。積んであるだけじゃ、本に手が出ないよ。

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コーナー完成。きっと明日から子どもたちの溜まり場になるぞ。

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パソコンルームは臨時の保育所になっていた。中では数人の赤ちゃんがママとお昼寝中でした。

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外に出れば、散髪サービスも。サッパリするね!

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子どもたちの相手は僕らだけでなく、大阪から来た大学生も。バルーンアートだね。

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こっちではサッカーサッカー

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きょうは天気がいいので洗濯物もたくさん。洗濯機早く届くといいなあ。

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3時になると自衛隊が生活物資を運んでやってきた。今日は缶詰類と菓子類が多かったようだ。

そして1時間が来たので学校を後に。もっと居たかったのだが花巻でまだ仕事もあるので、関係者の方に挨拶してパパ3人はクルマに乗りこむ。棒田ママは明日まで居るそうなので残ることに。

短い時間だったが避難所に入り、料理作ったり、本を片づけたり、本を読んだり、おしゃべりしたりして過ごして、いろいろ見えてくるものがあった。

昼間の子どもたちは元気そうだ。特に今日は好天で温かく、友だちやボランティアの人と外遊びもできたからストレスも溜まらないだろう。

気になったのはやはり大人たちの表情だ。短い時間なのですべての人と話したわけではないが、やはり元気がない。でも無理もないよ。津波で家族を喪ったり、家も財産もまるごと流されてしまい、この先どうしていいか見当もつかないのだろう。

昼間は避難所に多くの人が来てくれるから気が紛れるだろうけど、夜に家族だけになると深く深く考え込んでしまうのではないだろうか。特に男性、一家の大黒柱的存在だった父親たちの苦悩を思うと声もかけられない。そんな暗い表情の父親のそばにいる子どもたちが心配でならない。

「笑っている父親を増やす」ことがFJのミッションだが、今日ここに来て、いまこの場でそんなことを言える場合ではないなと痛感した。自分だって同じ境遇に陥ったら、笑ってなんかいられないはずだからだ。

でも、でもやっぱり、父親は笑っている方がいい。彼らに早く笑顔を取り戻してほしいと同じ父親として切に願う。

僕らも出来る限り協力するので、国をはじめ町や県、各団体で一日も早く彼らに元気とプライドが戻るような復興支援を進めて欲しい。

父親が笑えば、家族も笑うのだ。

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正門の脇に生えている桜の樹は、まだ一部しか咲いてなかった。
満開までにはまだ時間がかかるだろう。
それは被災者の人たちのマインドと同じかもしれない。

でもきっとまた近いうちに来よう。何度も来よう。
いつの日か子どもたち、そして父親たちの満開の笑顔を見るために。

車(セダン)
大槌町を去りボクらは、2時間かけて花巻へ戻ってきました。

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ゆいっこの倉庫にもある絵本や書籍を整理して帰ろう。うわ、結構あるな。でも久々に書店員の腕が疼くぜ。

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完成。昔の神田村(問屋街)みたいだな^^;

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売れ筋はやっぱり『かいけつゾロり』や『ズッコケ3人組シリーズ』ダネ!

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すべての仕事を終えたパパ3人組。都合4日間。総走行距離1400kmのFJ先遣隊ロックツアーでした。

さあ、盛岡まで車(セダン)飛ばして、深夜バスで家族の元に帰ろうぜexclamation×2


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2011年04月09日

被災地レポートA自分問題としての復興支援

朝6時起床。昨夜の余震でまだ停電だあせあせ(飛び散る汗)懐中電灯持って洗面所へ。

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7時、ゆいっこ花巻のリーダー高橋博之氏(@hirobou0731)がホテルまで来てくれた。

今後の予定を打ち合わせ。GWの絵本ライブ活動の提案をしたら「ぜひ、やってください」とのこと。彼は男性が絵本を読んだところを見たことがないそうで興味津々の様子でした。

その後「移動図書館」の構想で盛り上がったが、今回は避難所に届いている絵本や書籍類を整理して、子どもたちや本好きの人が束の間でも楽しんでもらえるようにし、時間と場所があれば絵本も読もうと思いました。

話はその後、中長期的な支援活動について。

高橋さんは、ゆいっこに「ぼくらの復興支援」と名付けた。

どうして「ぼくら」なのか?

ミーティングでも熱く語っていたが、彼のツイッターでのこの言葉にそれは集約される。

「今は多くの人が関心を持ち、支援をしてくれている。が、これがいつまで続くのか。被災地の外で、何ら変わらぬ日常に暮らすぼくたちの関心と記憶は、やがて薄れていく。忘れないためには、そして長く続く復興支援にしていくには、「顔が見える支援」にしていくことだ。何度も同じ場所を支援することで、人間関係ができ、情が移り、他人事ではなくなる。

そして、今ひとつは、これを機に、社会やライフスタイルが変わることだ。阪神大震災では変わらなかった。東日本大震災を機に、ぼくらは足元を見つめ直し、今ある社会やライフスタイルの危うさに気づき、大転換する。暮らしそのものの中に震災の記憶を刻む。あのときから、世の中が変わった、と」


まったく同感だ。ボクも震災直後から2週間くらいはいろいろ考えていたが、その後日常生活の中で意識が薄れていくのを感じました。

だから「行こう」と思った。

FJとしてもただ義援金を送るのではなく「顔の見える支援」をしていきたい。他人事・対岸の火事ではなく、「自分問題」として考える。

そのために現地でしっかり事態を見つめ、「当事者意識」を持続する努力が必要なのだ。

そして、自分も復興支援に前のめりに関わることで、FJがずっとこれまで言ってきた「パパが働き方やライフスタイルを変え、家族や地域との絆を大事にすること」の重要性を、これまで以上に説得力を持って伝えていきたい。

父親(男性)の意識や行動が変わっていけば、家族や地域にとって、安心・安全な社会に近づくことを信じて。

そんな思いを共有したところでタイムリミット。
今日も被災地に行くという高橋さんとガッチリ握手をして、再会(10日大槌町で)を約束しました手(グー)

朝食を済ませ、9時にレンタカーでホテルを出た。

今日は仙台へ行く予定。GWの活動は岩手だけでなく宮城県にも足を伸ばしたいのだ。でもフロントで「東北道一部不通」の情報を聞く。こりゃ時間かかりそうだなあせあせ(飛び散る汗)

案の定、高速下りて走り始めた国道4号線は渋滞気味。信号が点灯していないので大きな交差点で車の列が詰まるのだ。

おまけに停電の影響でGSや飲食店、コンビニもほとんど閉まっており、昼ごろは空腹が辛かった。。何とか空いているラーメン屋で腹を満たし、仙台へ急ぐダッシュ(走り出すさま)

車(セダン)
6時間かかって仙台市泉図書館に到着。ここはこれまで何度も絵本ライブやセミナーで訪れた場所。

表玄関は閉まっており、掲示みたら震災の影響で「ただいま休館中」。外観も壁にヒビが入ってたり、敷地内の通路が盛り上がってたりして地震の凄さをここでも感じた。

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館内にある子育て広場「のびすく泉中央」の館長で、NPO仙台お父さん委員会のリーダー、出雲パパに再会しました。

「いやあ、昨日の地震でまた本が全部出ちゃいました!」

3.11の時に図書館の書架から本本が飛び出てしまい、3週間かけて元通りに戻したのにも関わらず、昨夜の余震でまた落ちてしまったようだ。元書店員としてはその膨大な作業量を想像するだけで腰が痛む。

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高校生のフリースペースの小説やマンガも散乱。

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トイレ付近の壁にも大きな亀裂が。これじゃ休館もヤムナシ。

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のびすく(子育て広場)の中も、こんな状態。

出雲さんとは30分ほど打ち合わせ。GWに仙台市、名取市、多賀城市あたりで3〜4回絵本ライブを予定することになりました。「仙台お父さん委員会とFJのジョイントイベントでいこう!」

そして泉図書館が復旧する年末頃にもパパ's絵本プロジェクトで来仙することを約束。お世話になったこの図書館に少しでも恩返しができたらと思う。

車(セダン)
仙台を後にして、福島へ。ボクだけ明日のFJ中国キックオフイベントに出演のため、広島に向かう飛行機

田中パパ・横井パパはボクを送ってから花巻にリターン車(セダン)

明日は2人でまた宮古へ行って絵本を読むという。気をつけてな!!

ボクは10日の朝に岩手にbackしますexclamation

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2011年04月08日

被災地レポート@顔の見える支援、活きた義援金の使い道

今日から岩手に来ています。昨晩23時半、東京駅でFJの田中パパ横井パパ(from名古屋、3歳&0歳児のパパ)と合流。夜行バス・ドリーム盛岡号バスに乗り、今朝がた盛岡駅に着きました。

さっそく駅のTully'sで、GWに予定している絵本読み聞かせ活動の現地コーディネート統括をやってくれている県庁担当者と、NPOゆいっこ盛岡支部の事務長と会い今後のプランについて協議。

ゆいっこ盛岡は宮古市を中心に支援しており、「土嚢袋が足りない」とのことで後で送る旨を約束。

その後、駅前のレンタカー屋でクルマをレンタル。給油が懸念されるので、燃費のいいカローラを借り宮古へ車(セダン)ダッシュ(走り出すさま)

1時間半で宮古到着。市街地はそれほど被害の様子は見られない。通常に人もクルマも動いてる。

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宮古で絵本読み聞かせ活動などをする「宮古おどっつあんS」の代表・前川パパとマックで会う。

「GWにまた宮古に来るので、宮古おどっつあんSとFJでジョイント絵本ライブをやって子どもたちを元気づけたい。やりませんか?」と提案。

「ラジャー。宮古だけでなく近辺の町にもネットワークがあるので声かけてみます!」と即答いただきました。

彼は3/2に第二子が誕生。震災の日は上の子と盛岡方面にすぐ逃げ津波の難は逃れたそうだ。ママと赤ちゃんも高台の病院にいたので無事。でも数日は離れて暮らしてたそうです。

今日は午後から赤ちゃんの1ヶ月検診だそうで急いで帰りました。育休は5月いっぱい取るとのこと。カッコイイさんきゅーパパです!

車(セダン)
宮古の市街地を後にして沿岸部へ向かう。このあたりから自衛隊の車両や災害支援車両というステッカーを貼った車が増えてきた。

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そしてしばらく車を走らせると…

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眼前に被災した沿岸部の町が見えてきた。

宮古→山田町→大槌町。ほぼ壊滅状態の街並みが続く。

それまでいろいろ話しながらクルマを走らせていたが、巨大津波の凄まじい爪痕を目のあたりにして僕らは声を失いました。

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テレビでは見ていたが、実際に視ると、距離感というか、「ここはこういう風に波が来て、あそこまで行ったんだな」「この道を山に向かって人々は逃げたに違いない」というリアリティが視えて来るのだ。

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津波でビルの屋上に運ばれてしまった観光遊覧船=大槌町内(写真提供:ゆいっこ)

「沿岸部を視てもらうのはいいけど、余震には気をつけてくださいね」

そう助言してくれた前川パパの言葉を思いだし、ちょっと怖くなってボクはカーラジオをつけた。

車(セダン)
釜石から右に折れて、遠野市を経て花巻市に到着。

今度はゆいっこ花巻支部の葛巻パパと会う。彼は花巻で働く3児の父親でゆいっこの主要メンバー。今日は子どもの入学式だったそうで一日有休を取ったそうで、僕らを出迎えてくれた。

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早速、支援物資倉庫を見せてもらう。ここは以前インターネットカフェだった空き店舗で震災後、地権者に頼んで無料で貸してもらってるそうだ。

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種類ごとに仕分けされて保管されている支援物資。

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カップ麺S。

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水もそれなりの量があったが何日分だろうか?

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こちらは子ども向けの学用品やおもちゃ。絵本もかなりあった。

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ランドセルたち。なぜこここんなたくさんあるの?どれくらい行き渡ってるのかや、場所によってはメーカーが新品を配ったところもあるらしいので本当の需要が不明。

また被災地では学校再開のメドも経ってない状況。学校が始まる段階でもし足りない子がいたら、ボクも娘のランドセルを送ろうと思う。

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紳士用・婦人用でカテゴリーに分けられて並べられた衣類。
今日はゆいっこ花巻の温泉プロジェクト(被災者の方々を招待する日帰り温泉ツアー)の日で、さきほど帰りにここに立ち寄って欲しいものを持ち帰ったそうだ。

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人気は靴類だったそう。

うーん、ここに在庫が山積みされた支援品の膨大な量を視ると考えるものがある。

支援品を送る側はよかれと思って送ってるのだが、量やタイミングの問題で、実は既にそれほど必要とされてないものもかなりあるのだ。

的確・適量な物資支援。。これはどういう仕組みを作れば成し得るのだろうか?

ゆいっこでは、いま現在は物資支援の受付を原則ストップしています。

今後の復興の行方でまた何が必要になるかは今の時点では分かりませんが、受けた側はその仕分けと管理と、そして余剰品の処分という問題を抱えていることが、この倉庫に来てよく分かりました。

FJのメンバーにも「ただ送ればいいってものではない」と注意を喚起しておきたいと思います。

やはり現場の声・ニーズを、しっかり聴くことが大事で、それに応じたクイックリーな支援、物資やお金の融通が必要なのでしょう。

そこで、ゆいっこに訊いてみると…

「大槌町の避難所では洗濯機を欲しがっている。大量の洗濯物を毎日冷たい水で洗い、手で絞っている。洗濯機がいま欲しい」

と言うので、FJ副理事の田中パパと相談し、パパエイド募金の義援金の中から洗濯機購入費を出すことを決めた。

ただルールで我々2人だけの判断ではダメなので、すぐFJの理事メーリングリストに寄付金活用の議案としてメールを送信。15分後には全理事の賛同を得て決裁終了。すぐ市内の家電量販店に向かい、全自動3台と二槽式2台を購入(配送費含め総額128,000円)しました。

そして、ゆいっこ事務局に電話し、

「大槌の避難所に来週水曜には届けます!」と電話したら、

「助かります!被災者の人たちもこれで洗濯がラクになるでしょう」と喜んでましたわーい(嬉しい顔)

三日月
その後、ゆいっこ事務所で少し打ち合わせをし、3人はホテルへ。

本当は野営も覚悟して寝袋やコンロも用意してきたのですが、ホテルや温泉宿も震災でダメージを受けているとのことで、泊った方が現地への経済支援になると思い、このホテルを拠点にステイし今後も活動を続けることにしました。

そして夜、23時半新月

僕らは温泉にも浸かって、いい気分(温泉)部屋で飲みながら今後のことを話しながら寛いでいると…

グラグラグラexclamation&questionどんっ(衝撃)

地震だ!がく〜(落胆した顔)

たちまち電気が落ち、ホテルが全館停電になった。

「落ち着け」。そう言い合って、ラジオをつける。

震度6強の巨大余震が来たのだ。

避難所の人は相当に恐かっただろう。子どもたちは大丈夫だろうか。

ホテルの人が回って客の安全確認をしていた。隣室の年配夫婦が心配そうにしていたので、「何かあったら声かけてください」と田中パパが笑顔で伝えました。

しばらく様子を見ていたが、12時過ぎに僕らは念のため外着に着替えて布団に入りました。

明日からはいったいどうなるんだろう?

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2011年04月06日

パパ、被災地へ。

明日からFJの先遣隊として被災地へ入ることになりました。

交通のアクセスもだいぶよくなったので、今夜の夜行バスバス→盛岡からレンタカー車(RV)で往きます。

メンバーは、パパ3名+ママ1名。花巻を拠点に被災地を数か所移動しながら、活動します。

目的は避難所での絵本ライブもありますが、現地で岩手・結っ子や、仙台お父さん委員会のメンバーに会って、今後の支援活動について協議してくることです。

ボクは9日に広島でFJ中国の立ち上げイベントがあるので2日しか居られませんが、やれることをやってこようと思います。

被災した子どもたちに絵本で喜んでもらいたいし、被災地で働く人を励まし、今後パパエイド基金事業など震災支援で協働できる人たちと繋がることを願ってます。

明日からの様子はFJのTwitterでレポートしたいと思います。

以前、講演でお世話になった岩手県教育委員会もFJの活動に賛同してくれていて、被災地での絵本ライブのコーディネートもやってくれていて、こちらのチラシを沿岸部中心に自治体やNPO、読書推進団体に配ってくれています。

皆さんの岩手県ネットワークの中でニーズがありそうなところがあれば、ぜひ繋いでいただき申し込んでもらってください。被災地の読書ボランティアさんとのコラボもOKです。

今回の遠征は、入ってた打ち合わせなどの仕事をキャンセルして行けることになりました。ご迷惑をおかけする皆さんに改めて感謝します。

また、「足手まといにならず、恩返ししてくるのよ!」と送りだしてくれる優しい妻や、「パパ、ガンバって!でも早く帰ってきてね」と言ってくれる可愛い子どもたちに感謝しつつ、往って参ります手(グー)

posted by イクボスブログ at 13:57| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 被災地支援レポート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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